今回は、皇居の鬼門をお守りする有難い神社、『神田明神』に参拝してきましたよ!
ところで、昨日に参拝した『日枝神社』は、皇居(かつての江戸城)の裏鬼門(南西)にあたり、今回の『神田明神』は鬼門(北東)になるそうですね。
陰陽道では、鬼が出入りする方角(北東)を鬼門といい、鬼門とは反対の(南西)方角を裏鬼門といって、忌み嫌われる方角とされていますが、 それは北と西は陰、東と南は陽とされ、北東と南西の方角は陰陽の境になるので、気やパワーのバランスが不安定になるからだそうです。
また、十二支では鬼門(丑寅:北東)とは反対の方角が(未申:南西)であることから、猿の像を鬼門避けとして祀ったりするそうですが、確かに 裏鬼門の『日枝神社』は、猿神の像が祀れれていましたね。
さて、『神田明神』ですが江戸東京に鎮座して1300年近くの歴史があり、神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内など108の町々の総氏神様です。
江戸時代には、「江戸総鎮守」として将軍様から江戸庶民にいたるまで江戸のすべてを守護していたらしいですね。そして、ここに祀られている神様は、江戸と東京の生活や文化を見守り、この地域に生活する多くの人々から『明神様』として、慕われ、敬われる神様です。
まずは、「随神門(ずいしんもん)」と呼ばれる門が正面にあり、格式の高い荘厳な感じがしましたよ。
この門は、「神域に邪悪なものが入り来るのを防ぐ御門の神をまつる門」とされています。
毎回、感じることですが、この門を通る時、身が引き締まる感じがしますよ。
神田明神の境内には、変わった石碑や文化財が多くありますので、参拝に来られた際は、要チェックです。
実際に参拝したときに見つけてくださいね!
当神社の情報を最下部にリンク先として載せておきます。
さて、パワースポットですが、この『神田明神』は、摂末社(せつまつしゃ)と呼ばれる小規模な神社が多くあります。
その摂末社をひとつひとつ参拝させて頂きましたがその中に、お稲荷さんが3つもいらっしゃいましたよ。
『末廣稲荷神社』、『三宿稲荷神社』、『浦安稲荷神社』です。
その中で『末廣稲荷神社』というお稲荷さんにとても惹かれるものを感じました。
真っ赤な鳥居と社が特徴です。
その社を挟んで両脇に実にスマートな狛狐さんがいらっしゃるんですよ!
背筋をやや反り気味にして、それぞれ、玉と巻物を咥えて、尾と耳を立てた様子は、威厳を感じます。
また、石像でなくブロンズ像であることも少し変わった感じもしますね。
このお稲荷さんは、歴史も古く元和2年(1616年頃)とされていますが「昔より、庶民信仰が篤く、霊験あらたかな出世稲荷さま」という説明がありました。
まさに霊験あらたかな感じがしました。
パワースポットは実際にその地に赴き、自分の感覚で感じることが大切だど思います。
この『神田明神』では、まさにそのことを実感させてくれました。
そして、ここの一番のパワースポットは、本殿に祀られている『御祭神』と感じましたよ...
ここの御祭神は、一之宮、二之宮、三之宮まであります。
一之宮が大黒様こと「大己貴命(おおなむちのみこと)」で、二之宮がえびす様の「少彦名命(すくなひこなのみこと)」、そして、三之宮が「平将門命(たいらのまさかどのみこと)」です。
『神田明神』は、確かに縁結びや商売繁盛等のご利益が有名ですが、そこで売られている「勝守(かちまもり)」も有名です。
これは、徳川家康公が石田光成との天下分け目の関が原の戦いに臨んだ際、神田明神の神職に戦勝祈祷をお願いした由来にあやかったお守りです。
そこには、三之宮とされる「平将門命」のお力が強く働いたのではないでしょうか?
将門様は、祟り神としても畏れられ、祟りが凄く怖いものとして有名になっていますが、承平・天慶年間に武士の先駆けとして、関東の政治改革と、弱者の民衆を命をかけて守ったお方です。
「弱きを助け、悪を挫く」心強いお方だったのでは、ないでしょうか?
実は、この「随神門」を通るたびに感じた緊張感がこのパワースポットの源かもしれません。
朝敵だったとして、御祭神の順位が三之宮とされていますが、実質はこの『神田明神』の「主祭神」だと感じます。そして、今でも弱者の民を助けるために皇居の鬼門を引き受けていらっしゃるように思えます。
暑さを避けながら境内のゴーヤのグリーンカーテンの陰でそんなことを思い涼をとっていましたよ。
その時ふと、ある閃きがあり、この『神田明神』を後にしました...
向かった先は、大手町にある「将門塚」です。
ここは、三井物産ビルの東側にあり、首塚の碑が建てられていますが、討死した平将門の首が3日間、空中をただよって、京からこの地に飛んで落ちた所とされています。
話だけ聞くと、とても恐ろしく感じますが、『神田明神』の旧跡地であり、「弱きを助け、悪を挫く」精神と江戸っ子の気質とも合って、民衆からとても崇拝されていました。
今でも「将門塚保存会」のぼりと「神田明神」のぼりが一緒にはためいています。
よって、この民衆の味方をしてくれる「将門公」を畏れる理由は、どこにもありません。
不敬な行為はせず、真摯に向き合えば、きっと強いご加護をしてくださる有難い土地神様だと思いました。
そして、このまま皇居に行って、「将門公」に感謝の思いを伝えることが出来れば、今回のパワースポット巡りも完成すると思いました。
ただ生憎、この日は月曜日で休園日!中に入れませんでした...
翌日(2015/7/28)、皇居に行って天守閣跡から「将門塚」の方向に向かって、感謝の想いを伝えることができましたよ!
将門公、皇居の鬼門を守護していただき、ありがとうございます!
これからも、弱者を助け、悪を挫いてくださいね...
この想い伝わったかな...
斬られし我が五体 いづれの所にかあるらん。
ここに来れ 頭続で 今一軍せん!
– 平将門
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