吉祥寺駅の北口改札を通り抜けて外に出ると平和通りに降りそそぐ陽射しは天頂から乱反射を繰り返す。

シエスタの時間を迎えようとするハーモニカ横丁から無国籍料理の美味しそうな香りが鼻腔をくすぐるように漂い、その西側にある武蔵通りには、お昼を前に多くの人々で賑わっていた。

この街の香りと賑わいが和秀の体内でワルツのように心地よい旋回を繰り返す。今週も吉祥寺を中心に武蔵野・三鷹両市の地域に根ざしたコミュニティ放送局「エフエム・ジョージタウン」のオンエアが始まろうとしていた。

久保田 和秀(くぼた かずひで)は五年前、大学の教育学部に在籍中に同じ大学に通う親友と二人で大手レコードレーベル主催のオーディションを受け、グランプリを獲得した。 所属事務所も決まり、男性二人組のデュオ「Heart of Tomorrow」として華々しいデビューも決まった。

「せっかく苦労して教員免許も取ったのに本当にいいの?」

彼の両親や教職を志す周りの友人達は、プロのミュージシャンとして音楽の道を選んだ和秀の将来を心配した。

(一度きりの人生じゃないか。自分のやりたいことを見つけたのさ)

周りが反対すればするほど、和秀は音楽の世界に傾倒していった。

RADIO GO TOWN_00

吉祥寺に降りそそぐ陽射しは天頂から乱反射を繰り返す。

その後、大手レコードレーベルとも契約し、正式にデビュー曲も決まった。そのデビュー曲はあるテレビドラマの主題歌にも使われてスマッシュヒットのセールスを売り上げたのだった。それ以降、新曲を発表するたびに、そのほとんどがコマーシャルソングやテレビ番組の主題歌として起用されたが、いずれもデビュー曲のようなセールスにつながらない。

男性デュオ「Heart of Tomorrow」は、その歌唱力やステージングの評価も決して悪くはない。彼らをサポートしてくれるバンドメンバーとの信頼関係も良好であっただけに和秀達は一生懸命にメディアへのアピールを繰り返した。

売り込みの為に全国のレコード店や各地のラジオ局にも走り回ったが、デビューから一年後には、所属事務所とレコード会社から契約を打ち切られた。その後、再起を図って活動の場をライブ中心に移すが、その二年後には相方が「Heart of Tomorrow」としての活動に限界を感じて脱退した。

これでデュオグループ「Heart of Tomorrow」は、事実上の解散となった。

通算のリリースはシングル6枚、アルバム1枚。

周りの人間から「もう終わった」と陰口も言われていた。

(いったいオレの何をわかっているのか? 誰もわかっちゃいないんだ!)

和秀の心は折れなかった。音楽は自分を決して裏切らないと信じている。昔のように恵まれた環境ではないけれども、自分が目指す音楽を考える自由な時間がふえたことは、彼にとってプラスになった。その頃から、和秀はラジオのパーソナリティにも興味を持ち始めていた。

自分の好きな曲、感銘を受けた曲、影響を受けたアーティストの楽曲を紹介しながら、自分の想いや心情を語っていく。また、ラジオのオンエアを通じて多くのリスナーの声に応えることで、心の触れ合いが広がり、音楽を志した自分の世界と心地よくシンクロしていった。

(まだまだ、オレの人生は終わっちゃいない)

RADIO GO TOWN_01

まだまだ、オレの人生は終わっちゃいない!

和秀は、昔の想い出を振り返りながら、ダイヤ街を横切り、ロフト吉祥寺店の脇道から本町新道の通り沿いにある商工会館に入った。この中に一年前から和秀がパーソナリティを務めるコミュニティ放送局『エフエム・ジョージタウン』のスタジオが併設されている。

「おはようございます! 今日もいい天気ですね」局のアシスタント中越君がスタジオ入りした和秀を見つけると元気よく声をかけてきた。

「おはよう! こんなに天気が良いと海釣りに行きたくなるよ」和秀も笑顔で応えた。

「ハハッ、和秀さん、第二の人生は、漁師はどうですか?」

「それもいいね、だけど、まだオレは音楽の夢を諦めちゃいないぜ、途中下車もなしだね。釣りはあくまでも趣味だよ。ところで中越君、来週のライブ来てくれるよね?」

「和秀さん、相変わらず熱いですね。もちろん、行きますよ! 僕は和秀さんの作る楽曲は、わりと好きですよ」

「サンキュー、久しぶりのライブで気合も十分だし、新曲も披露するから、期待してくれよ。さぁ、今日のオンエアもよろしく!」

「はい、よろしくお願い致します!」

現在、和秀の所属事務所やレコードレーベルは昔のような大手ではないが、今の環境に満足している。自分がやりたい音楽活動を理解してくれるスタッフや熱いファンも少しずつ増えはじめてきている。 今のところ、まだヒット曲には恵まれていないが、自分を取り囲む人間関係は最高に恵まれている。自分に協力してくれる人達の為にも彼自身が弱音を吐くわけにはいかない。

(彼らの協力に報いるためにも、オレはまだ潰れるワケにはいかないぜ)

番組のジングルが軽快に流れて、和秀の明るい声が吉祥寺の街にオンエアの電波に乗って流れた。

「今日も快晴に恵まれた吉祥寺、みなさんは、どうお過ごしでしょうか? 土曜の午後のミュージックエアー、『サタデーミュージックサプリ』。この番組のお相手は、久保田和秀がお届けします。あぁ~。海釣りに行きたかった! 絶好の釣り日和ですよ! 個人的には凄く残念ですけどね。でも生きていれば、いつかは良いことだってありますよ! それでは、本日の一曲目!黒沢秀樹の『Endless Harmony』♪」

(軽快で明るい楽曲が吉祥寺の青空を響き渡る♪)

再び、オンエアが開始され和秀の最近の話題や音楽情報、常連リスナー達のメールの紹介など、テンポよくラジオのオンエアが進行していった。何曲目かのリクエスト曲を流している最中にアシスタントの中越君が青ざめた表情でリスナーからの一通のメールを和秀に持ってきた。

 「和秀さん、何か気持ち悪いメールが来ていますが無視しますか?」

 「何それ? ちょっとそのメール見せてくれる」

中越君は躊躇しながらもコピー用紙に出力されたそのメールの本文を和秀に手渡した。

~ 次回へつづく – To be continued.

※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

作:藤堂希望(Todo Nozomi)