~ 前回までのあらすじ

和秀がパーソナリティをつとめるコミュニティ放送局『エフエム・ジョージタウン』に阿由葉 菜子(あゆは なこ)から自殺を示唆するメールが届く。現在、高校三年生になる彼女は一歳年上の恋人をバイク事故で亡くし、自暴自棄になっていた。偶然、和秀のラジオが流れる商工会館の前を通りかかり、悪意に満ちたメールを送信してしまったが、そんな彼女のメールを真剣に取り上げ、彼女を井の頭公園まで追いかけ、人生の楽しさを説いてくれた和秀に菜子を興味を持ち始める。

 

菜子は、自宅に帰ると和秀のデビューからデュオグループ解散、そして今日に至るまで彼のプロフィールとその活動をインターネットで調べた。和秀を知れば知るほど、菜子は来週土曜日のラジオのオンエアが待ち遠しく感じられるのだった。

(来週のオンエアで謝罪のメールを送って、私の気持ちをもう一度、聞いてもらいたい。図々しいお願いかもしれないけれど、久保田さんが何を言うのか聞いてみたい)

そして、菜子の心の救いが導かれるようにオンエアが始まる土曜日がやって来た。菜子は学校を早退して、自宅の部屋からインターネットを介したスマホのアプリでオンエアの時間を待っていた。

『エフエム・ジョージタウン』の時報が午後一時を知らせ、いつものジングルからオンエアが始まる。

「今週も始まりました『サタデーミュージックサプリ』。お相手は、久保田和秀です。まず、先週の放送についてお詫び致します。番組の後半、オンエア中に局を抜け出し、スポンサー及び、関係者に多大なるご迷惑をおかけしました。この事態を深く反省し、私自身、一年間続けてきたこの番組を、本日をもって降板致します。誠に申し訳ございませんでした」

番組の開始早々に和秀の重々しい口調がオンエアから流れた。先週の放送での和秀の行動が番組審議会で問題視され、その結果、和秀が責任を取る形で番組の降板を申し出た。

「嘘、そんなのおかしい、久保田さんは、悪くないよ!」

菜子は、スマホを握りしめて、自宅を飛び出した。走りながら、後悔の涙が流れ落ちていく。

「私のせいだ! 私が身勝手なメールを送信したからだ!」

後悔と憤りを感じながら、混みあう吉祥寺のサンロード商店街を走り抜けた。菜子は、人にぶつかり、謝りながら走った。しかし、本当に心から謝罪しなければいけないのは、たった一人だと痛感していた。

やがて、商工会館のビルに入るとエレベーターで放送ブースが見学できる三階を目指した。エレベーターが三階に着くと、廊下に面したガラス張りのブースの中でいつも通り、和秀が笑顔を交えて最後のオンエアを電波に乗せていた。

ブース前に洒落たスーツを着た年配の男性が一人いる。菜子は、見学にきた熱心なリスナーだと思った。

今から、菜子が自分でやろうとしている行動を見られるは、恥ずかしいけれど、そんなことは、どうでもいい。菜子は、勇気を持って、そのガラス張りのブースの前に近づいた。その男性は、菜子を見て一瞬、不思議そうな表情を見せた。

突然、菜子はブースのガラス窓を両手で力いっぱい叩いた。

「久保田さん! ゴメンナサイ! みんな私が悪いの!」

菜子は一瞬、ためらった後、勇気ある言葉を続けた。

「だから、私にホントの事を言わせて、この放送で謝らせて!」

ブース内の和秀と中越君には、外の声は、聞こえない。ただ、外の異常な様子には、すぐに気がついた。

「あっ、菜子だ! 」

「えっ、誰ですか? あの子」

「先週の自殺志願のリスナーの子だよ! でも、何で?」

「外で何か喚いていますけど大丈夫ですか? 今日は、局の代表もいらっしゃるのに、自分が行って止めさせますよ」

「イヤ、オレが直接、話を聞いてみる。今、ラジオの広告を流しているから、終わったら曲で繋いでくれ!」

和秀は、ブースから局の廊下に出た。

「菜子、一体どうした? 何かオレに言いにきたのかい?」

「ゴメンナサイ、私の為にラジオ降板するの? おかしいよ! 久保田さんは、何も悪くない! 私に言わせて! このラジオで私に謝らせて欲しい! こんなの間違っているよ、リスナーの人達に私から説明させて!」

和秀は、菜子の突拍子もない提案に驚いた。

「馬鹿だな、そんなこと出来るハズないじゃないか!」

「久保田さんは、私に馬鹿になれって、言ったじゃない! 先週の放送で本当の声を聴かせて欲しいと言ったじゃない!」

「それは……」和秀は言葉に詰まった。

その時、傍にいた男性がふたりの間に割って入った。

「お嬢さん、その話を詳しく聞かせてくれないかね?」

「代表、すみません。これは、オレの問題です。彼女には、よく言って聞かせます」

「いや、これはラジオ局の問題でもあるから、この局の運営責任者である自分もこの子の話を聞く権利はあるハズだよ」その男性は優しく笑った。

菜子は、ラジオ局の運営責任者と名乗った代表の前に土下座した。

「済みませんでした! ゴメンナサイ!」

「謝罪はもういいから、土下座はやめなさい。 さぁ、立って、その話を聞かせてくれないかな」

菜子な泣きながら、立ち上がると先週の顛末をその代表に説明をした。うまく、伝えることが出来ないかもしれないが、必死に和秀の免罪を代表に訴えた。仕事を忘れて初めて会った自分を救ってくれた和秀の行為に感謝の気持ちを話した。

「そうだったのか、久保田君、何故本当のことを言わないのかね、素敵な話じゃないか。君はパーソナリティとして、ひとりの人間として、大切なことをしていたのだよ」代表は満面の笑みを浮かべた。

「代表、オレは彼女の個人的な問題を言い訳にしたくないと思ったんです」

「リスナーの個人的な問題を扱うのがラジオだし、それを上手く解決するのがパーソナリティだと私は思う。お嬢さんもそう思うでしょう?」代表は、菜子に同意を求めた。

「はい、久保田さんは、私に本当のことを話すように求めました。だから、久保田さんも本当のことを話すべきです。そのために私はここに来ました」菜子も代表の意見に同意した。

「君は全てをこのオンエアで伝える勇気はあるのだね」代表は、菜子の決意を訪ねた。

「はい! すべてを話せます。良いと思うことも、悪いと思うことも、そして、久保田さんが何て答えてくれるのか知りたいです」

「そんな、無茶だよ!」和秀は動揺した。

「いや、彼女は本当のリスナーだ。君はリスナーの質問に答えるべきだ。いいじゃないか、ここはコミュニティ放送局だ。責任は私が全てとるから枠を超えたラジオを放送してみろ、オンエアでリスナーの心を掴んでみたまえ!」

代表の有無を言わせない圧力が和秀の気持ちにスイッチを入れた。

「わかりました代表。オレやってみます。自分の枠を超えてみます。菜子、準備はいいか、今から君の声をオンエアに乗せるから自分の気持ちを正直に言ってみろ! オレも誠意をもって答えるよ! ブースに来なさい」

 「はい!」

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菜子、準備はいいか、今から君の声をオンエアに乗せる

菜子が和秀に促されてラジオブースの中に入って行く。青ざめる中越君を尻目に和秀は、菜子にマイクを譲った。

「みなさん、ゴメンナサイ、私、菜子と言います。先週、このラジオに自殺志願の意地悪なメールをして久保田さんにご迷惑をかけました。好きな人がバイク事故で死んでしまって、生きていれば良いことがあるなんて思えなかった。ほんの少しでも幸せならいいとか、世間で言われているような正論を受け入れることができなかったの。これから生きて行く幸せと生きて行くことの辛さを比べて、どうしても生きていたいと思えなくて、消えてしまいたいと思っていました。でも、顔も見たことも、話したこともない、子供の自分に仕事を放り出して、逃げる私を捕まえてくれた久保田さんに感謝しています。こんな大人がいるなんて知りませんでした。馬鹿みたいに純情で子供のような大人からラジオの仕事を奪わないでください。みんな、私が悪いから許してください。ゴメンナサイ!」

「菜子、ありがとう。このラジオのオンエア中に駆けつけてくれて、勇気を持ってよく話してくれたね。死にたいと思っている人にオレは、熱中できる何かを見つけて欲しかった。人は人を愛するために生きている。そして、悲しみは時間が解決してくれるとオレは思っている。大切なことは、社会を拒絶しては、いけないということだよ。死のうと思う前に誰かに頼ってもいいじゃないか? 迷惑かけてもその借りを返すことなら長い人生の中でいくでもチャンスはあるよ。だから、もしよかったら『奇跡』信じてみないか? 今、この場に君がいること自体が『奇跡』だとオレは思っている」

オンエア中に紹介できない数のメールがリスナー達から届けられた。届いたメールは、全て番組継続の嘆願であった。次々と届く無数のメールは、局のメールサーバをダウンさせた。

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オンエア中に紹介できない数のメールがリスナー達から届けられた

和秀と菜子の会話は、ラジオの枠を超えて電波に乗り、多くのリスナー達に感動と共感を与えた。先ほどまで、青ざめた表情だった中越君は顔を紅潮させて泣いていた。ブースの外で二人のやり取りを聴いていた代表も満足そうに微笑んでいる。

この回のオンエアは『エフエム・ジョージタウン』開局以来の話題と評判になった。

 

~ 一年後の土曜日、午後一時 ~

 

『エフエム・ジョージタウン』のブース内にジングルが流れる。

「みなさん、こんにちは、土曜の午後のスタートプログラム『サタデーミュージックサプリ』の時間ですよ! 今日も吉祥寺は快晴です。お相手はメインパーソナリティの久保田和秀と」

「ハイ、新人アシスタントの阿由葉菜子です。久保田さん、今日は釣りに行かないの?」

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新人アシスタントの阿由葉菜子です

「待ってくれよ、釣りに行ったらラジオのオンエアができないだろ? オレは、メインパーソナリティだぜ」

「昔、ラジオのオンエアを放り出して井の頭公園まで誰かを追いかけていったじゃないですか、ハハッ」

「よく、笑えるね、その原因を作ったのは誰だい?」

「さぁ、誰かしら?」

「リスナーのみなさん、この阿由葉菜子にジャン、ジャン、クレーム入れてくださいね。この恩知らず!」

「大丈夫! 人生は長いから御恩を返すチャンスは沢山ありますので!」

「参ったな~、 そんな訳で本日のオープニング曲は、このふたりが新生『Heart of Tomorrow』として新たにリリースした楽曲、久保田和秀と」

「阿由葉菜子がお届けします!」

 ふたり同時に「青空に響け! 『RADIO GO TOWN』♪」

~ 完 - THE END.

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青空に響け! 『RADIO GO TOWN』♪

 Image song 「RADIO ON TOWN」

 収録アルバム:unbalance(6曲目に収録)
 
 アーティスト名:川久保秀一

※この物語はフィクションです。
 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

作:藤堂希望(Todo Nozomi)