秋も深まりを増してきましたね。
そんな秋の夜長に是非、みなさんと考えてみたいことがあります。

今回は『名言』や『言霊』について、お話しをしたいと思いますので少々、お付き合いくださいね!

まず、『名言』とは、確かにそうだと感じさせるような、すぐれた言葉であったり、他人の人生を大きく変えてしまう力を持った魔法の言葉と言われたりします。

自分も歴史上の人物や偉人、有名人と古今東西に問わず、色んな方の『名言』に興味があります。

そして、その『名言』にシンパシー(共感)を感じたりしますので、このブログでもいくつか、取り上げたりしています。

みなさんも、心に残る印象に残った『名言』をいくつかお持ちなのでは、ないでしょうか?

そこで、『言霊』というものがあり、一般的には、言葉に宿ると信じられた霊的な力をさすそうです。

『名言』と呼ばれる言葉にも、この霊的な力を感じるものも、あるようですね。

そして、日本では『言霊』は、『言魂』とも書き、昔から『言魂』の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされているようですよ。

しかし、声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされ、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意され、今でも結婚式などで禁句とされる忌み言葉も、この『言霊』の思想に基づくそうです。

さて、自分の体験に話しを戻しますが、このシリーズで『生まれた瞬間の記憶を覚えている!』という記事をアップしたことがありますが、その中で0歳から4、5歳くらいまでの記憶は、無いと書いていたのですが、実は、ある言葉と共に2つ残っていたんです。

1つは、『早咲きの河津桜が心の春を呼ぶ頃に~』という、タイトルでこのブログで書いた、亡き父親の記憶。
両親が離婚することになり、保育園に行く前に一人で幼児用の椅子に座っていた、自分の小さな膝の上に顔を沈めて『ゴメンな!』といって、泣き崩れた父親の言葉。

もう1つは、若かった頃の母親が幼い自分に対して向けた言葉です。

父親との離婚後、母親に好きな人ができたようですが、自分に子供がいることで、相手の方が躊躇し、母親の元を去り、やり場のない気持ちを発したその言葉は、『あなたのせいよ!』

自分は、この時のことを何故かハッキリと覚えています。

母親が好きになった人の顔は、覚えてないのですが、父親と違う男の人を自分の家から見送った直後に母親が、この言葉を自分に言ったのを覚えています。

とても不思議なことなんですが、その当時の自分は、まだ5歳くらいで、意味も全く理解できないはずですが、これもハッキリとその情景も含めて記憶していたんですね。

両親と寝食を共にした記憶も無いのに、この2つの記憶だけは、何故か残っていました。

その後は、祖父母に預けられましたが、自分が小学校4年の時に母親は再婚して、母親と義理の父親にまた引き取られました。

その間も少年時代から思春期、そして成人しても、この2つの記憶が時々、フラッシュバックしていましたよ!

自分が成長していく過程で、その当時の母親の言葉を理解できるようになりまたが、そのことで母親を責めるつもりもなく、「幼い頃、あんなこと言われたなぁ~」と思う程度でしたね。

不思議です!何故なんでしょうか!別に感動するような『名言』でもなく、怒りや悲しみを引きずるような『言葉』でもないのに...

でもね、なんとなくその理由がわかってきたように感じてきましたよ!

そこで『言霊』に話しを戻しますが、その当時の父親と母親の心の叫びが、『言霊』となって、自分の心の中に住み着いてしまったように感じました。

この『言霊』というものは、ただ自分の心の中に住み着くだけでなく、それに対する回答を自分の人生の中で探すように求めているようにも感じましたね。

そこで、自分なにりにその答えを考えてみましたよ!

まずは、『ゴメンな!』といって、泣き崩れた父親の『言霊』については、自分と別れ、自分の知らない間に57歳で亡くなっていた父親の墓参りをすることだったのかな...

この墓参りの再会では、心の中で自分は父親を許していましたよ!もし、この『言霊』と記憶が無かったら、父親のその後の人生も、父親のお墓の存在すらも知らずにいたでしょう。

そして、『あなたのせいよ!』と言った『言霊』で幼い自分を責めた母親は、2013年に病気で亡くなりましたが、最後に見舞いに行った病室で、唐突に『あんたの方が正しかったよ!』と言われましたよ!

その当時は、母親が自分に何を言っているのか、まったく意味がわかりませんでしたが、ほとんど目が見えなくなっていた母親が必死に自分を探すようにして、言って来たんですね。

最初は、入院生活が長くてボケてしまったのかと思いましたが、自身の最期を感じていた母親の最初で最後の謝罪だったのかなと理解するようにしました。

今、思うと『あんたの方が正しかったよ!』という謝罪の言葉を自分に言わせるために『言霊』となっていたのかもしれませんね。

きっと、母親も言い出せない謝罪の気持ちを心の中にずっと持ち続けていたのでしょうかね。

そう『言霊』とは、一度でもそれに触れてしまったら、その人生に課題や宿題を与えてしまうようなものなのかもしれませんね。

日々の生活の中で、このような『言霊』のElement(要素)がいくつも存在していて、それに気づいて回答を探すことも人生には必要なことなんでしょうか?

そんな『言霊』には、文字通りに霊的な力を感じる気がしました。

貴方は、『言霊』を信じますか?

幸福な人生にさえも、ある程度の暗さはあるものです。
そして、「幸福」という言葉は、悲しみによってバランスが取られなければ、
その意味を失ってしまうでしょう。

by Carl Gustav Jung(カール・グスタフ・ユング/スイスの精神科医、心理学者、分析心理学の理論を創始)

『言霊』

『言霊』とは、一度でもそれに触れてしまったら、その人生に課題や宿題を与えてしまうものなのかもしれません。